『恋』 小池真理子著

『恋』 小池真理子著 早川書房 1995年 22759161 請求記号:NA913.6 2545
(第114回直木賞受賞作 受賞作コーナーにあり)   OPAC(所蔵検索)

 遠くなりつつある「昭和」の大事件と言えば連合赤軍によるあさま山荘事件を想い浮かべる方は少なくないと思います。この小説の「事件」はあさま山荘事件と同日、同じ軽井沢で起こります。主人公は当時二十二歳の女子大生布美子。物語は事件から二十三年後、死を目前にした彼女があるノンフィクション作家に回想を語るというかたちで進行していきます。
 主要な登場人物は布美子の他に大学助教授片瀬信太郎とその妻雛子、後に布美子に射殺される青年、大久保勝也の三人です。雛子は旧華族の令嬢とも思えぬ自由奔放な女性で、夫ある身でありながら男性たちと遊び歩きます。信太郎は妻の浮気を知っても少しも怒らず、むしろ楽しんでいます。
 そんな夫妻に最初は戸惑った布美子ですが、次第に二人に魅せられていきます。当時日本中に吹き荒れていた学園紛争の嵐-布美子自身も活動家の恋人だったわけですが、全く闘争への興味を失っていきます。
 やがて舞台は当時の学生たちが意味なく軽蔑していた高級別荘地軽井沢に移ります。軽井沢の夏の素晴らしさは特筆すべきで、野生のブルーベリー、マルメロの木、虫や花といった小道具が見事に散りばめられ、行間から美しさが溢れてきます。三人は別荘で愛の日々を送ります。他人から見れば異様な関係ですが、少しも猥褻な印象を受けません。軽井沢の自然を背景に時は流れます。 
 しかし、幸福な時間はいつか終わります。一人の青年の出現によって三人の関係は脆くも崩れ、ついに布美子は猟銃の引き金を引いてしまうのです。
 実は夫妻には重大な秘密があったのですが、布美子はそれを守り抜きます。
 全てを語り終えた布美子は静かに死を迎えます。十年間を刑務所で過ごし、出所後も幸せを遠ざけてきた布美子はこんな遺言を残してゆきます。「布美子はお二人が大好きでした」。彼女にはもはや恨みも悲しみもなく、目を閉じても「灰色のなだらかな砂丘のような風景が延々と連なっているばかりである(引用)」。
 布美子の死後、片瀬夫妻を訪ねた作家は、事件で下半身不随となった信太郎と愛で結ばれている雛子に出会い、彼らもまた布美子との思い出を大切にしていることを知り、感動に包まれるところで物語は終わります。
 余談ですが、この作品が「幻の名作」と呼ばれなかなか映像化されなかった原因に時代設定があります。時間の経過とともに登場人物の年齢も引き上げなければならず、映像化を難しくしているのです。そんな事情も照らし合わせて読んでみると面白いと思います。

(ペンネーム マルメロの木)