『ヨコハマトリエンナーレ2014 華氏451の芸術:世界の中心には忘却の海がある』・『華氏四五一度』

『ヨコハマトリエンナーレ2014 華氏451の芸術:世界の中心には忘却の海がある』 横浜トリエンナーレ組織委員会、阿部謙一、隈千夏編 平凡社 2014 60646601 K70.1/60/2014-1  OPAC(所蔵検索)

『華氏四五一度』 レイ・ブラッドベリ 元々社 1956 12228151 F3/B13-1  OPAC(所蔵検索)

 美術展覧会の「図録」や「カタログ」は展覧会の会場でしか入手できないものもあり、あまり手に取る機会はないかもしれません。そんなちょっと珍しい書物である図録も、県立図書館にはあるのです。活字よりも図版が多く、装丁も凝ったものが多い図録は、見ているだけでも楽しめます。
 たくさんの図録の中からご紹介するのは、横浜市で3年に一度開催される現代アートの国際展『ヨコハマトリエンナーレ2014』の図録です。トリエンナーレとは、イタリア語で「3年ごとの」という意味です。ちなみに「2年ごとの」はビエンナーレといいます。横浜トリエンナーレは2001年に始まり、2014年に5回目が開催されました。展覧会を指揮するアーティスティック・ディレクターとして芸術家の森村泰昌氏をむかえ、「華氏451の芸術:世界の中心には忘却の海がある」というテーマで展覧会が構成されました。

 SF小説ファンの方は「華氏451」と聞いて「あれ?」と思われたかもしれません。レイ・ブラッドベリーの小説に『華氏四五一度』という作品があるのです。まさにこの小説が展覧会のテーマの元になっています。華氏451度とは摂氏233度であり、本の素材である“紙”が燃え始める温度です。ブラッドベリの小説では本の所有が禁じられた近未来の世界が舞台となっており、自由に知識を得る手段を奪われ愚民化された人々の中で、1冊の本と出会ってしまった焚書を仕事とする一人の消防士の心の変化、個人が思考することを禁じた社会に対する疑念の深まりが彼に取らせた行動、その不可思議な結末を一筋の希望の光と見るか、痛烈な風刺と見るか、という内容の作品です。1953年に書かれたこの作品のあとがきで、「四十年か五十年ばかり先の世界を描いているつもりだった」という作者の話が披露されています。作者が描いた未来を少し過ぎた2014年に、再び「華氏451度」をテーマとして展覧会が開催されたことは、その通りの世界になっているかもしれないという警鐘とも捉えられるのではないでしょうか。

 図録は、実際に展覧会を鑑賞した方は「こんな作品だったなぁ」と思い出し、解説を読むことで「そういう意味もあったのか!」と気づかされることもあり、正に“2度おいしい”存在です。作品を手元に置くことはなかなかできませんが、写真を眺めることで作品に向かい合った時の感動をいつでも呼び覚ますことができます。
 それでは展覧会を鑑賞しなかった人は楽しめないのかというと、この図録は問題なく楽しめます。『ヨコハマトリエンナーレ2014』は、二つの序章と第1話から第11話までの挿話から成る「忘却めぐりの旅」というひとつの物語として構成されていました。図録もまた展覧会の構成のままに序章から始まる物語として読み進めることができるからです。
 また、図録の特徴である図版を中心に楽しむこともできます。頁を繰っていくと、「本」を題材とした作品が多いことに気づきます。『Fahrenheit 451(華氏451度)』のペーパーバックをすべて鏡文字で印刷・製本したものを積み上げた、ドラ・ガルシアの作品。バーミヤン遺跡にあった石で本を作った、マイケル・ラコウィッツの作品。太平洋戦争中に日本で出版された戦意高揚の文芸書の数々。そして、この展覧会のために作られ、展覧会終了時に燃やされた世界に1冊だけの本『Moe Nai Ko To Ba』。テーマである「華氏451」との関係を意識して見ると、どの作品もただの本ではないと感じられるかもしれません。
 何を表現しているのかわからない、だから現代アートは苦手だという人も、この図録でひとつの物語として美術作品を“読む”ことで、自分なりの楽しみ方を見つけ、現代アートに親しむきっかけとなるのではないでしょうか。
 現代アートは100年後の世界に残っているのかは未知数です。果たして未来の世界にも残る作品なのかどうかを自分の目で確かめられるということは、美術作品が発表された同時代に生きる人の特権です。この『ヨコハマトリエンナーレ2014』の図録を手に取り興味を持った方は、次回のトリエンナーレを鑑賞するのが楽しみになるかもしれません。

(県立図書館:美術だってマグカル)