『現代語訳「論語と算盤」』 渋沢栄一述 守屋淳訳

『現代語訳「論語と算盤」』 渋沢栄一著 守屋淳訳 筑摩書房 2010年(ちくま新書;827) 資料番号:22467757 請求記号:335.13/113 OPAC所蔵検索

 とある研修で、「ドラッガーでも松下幸之助でもいいので、経営書を一つは読むように。」と講師に言われて、一念発起して読んだのがこの書物でした。
 渋沢栄一は、銀行や株式会社の普及、明治政府の金融、財政制度の確立、会社の創設や経営、資金援助に携わってきた実業家です。社会福祉事業も手掛け、「青い目の人形」もその一つとなっています。
 この渋沢栄一があちこちに招かれて演説した内容をまとめたのが『論語と算盤』です。厳密には、「実業之世界」に連載されていたものを収録した『青淵百話』から、梶山彬が精選し、大正5年に東亞書房から出版したものになります。口述を他の人がまとめた点が『論語』を思わせます。
 その内容は、当時水と油の関係だと思われていた『論語』すなわち道徳と、「算盤」すなわち商業の両立から、公益のための商業、官民対等に国家の将来を議論するための人材育成、競争の是非のような哲学的なもの、生き方、経営哲学など多岐にわたります。それらを『論語』や四書五経、必要な場合は先人の逸話などを引用しながら渋沢独自の考え方、解釈を語っています。
 本書は、東亞書房から出版された初版を読みやすいように現代語に訳したものです。本書のよいところは、現代語訳で読みやすいうえに、渋沢のことばに対しての解説があるわけではないので、そのことばを自分にどう活かすかを自由に考えることができるところです。また時々現れる、商人に教育や道徳は不要とされていたといった記述に、当時の社会が垣間見える点も面白いところです。ただし、訳す前の版がすでに取捨選択されているため、本書に掲載されたものがすべてではない、すなわち掲載されなかったことばもあることに注意してください。
 筆者が特に興味をもったのは、教育についての記述です。例えば、190頁から194頁までの、知識詰め込み教育で道徳がおろそかになったという記述、学問さえやっていれば偉くなるといって、目的もなく分不相応な学問にはげむという記述です。また200頁からの、均一の教育を受けたために、みな下積みを避け、その結果人材が余るという記述も興味深いです。なぜなら、まるで、ゆとり教育や就職難が叫ばれていた私の学生時代の社会を指しているように思われたからです。
 『論語と算盤』はここに挙げた以外にも、再版や、経営等に生かす形で解釈されたものが、まるで不死鳥のごとく繰り返し出版されてきました。そのときに『論語』という何千年も前の作品もまた新しい意味を与えられるのです。常に最新の動向ばかり追っていくことに慣れると、つい「時代遅れ」と古人のことばに耳を貸さなくなります。しかし古人のことばは、書かれた時代は遥か昔でも、読む者の見方如何によって今の時代に生かすことができることを、本書を通じて改めて考えさせられました。この古人のことばを古今東西に共有し、伝え遺す、社会全体のいわば「記憶媒体」である図書館で、皆様がそうした古人のことばに出あえることを願いつつ、筆を馳せてみました。
(同郷人)

※以下は県立川崎図書館所蔵
1.『論語と算盤』 澁澤榮一述 渋沢栄一記念財団監修 渋沢栄一記念財団  2008 復刻版 資料番号:81390916 請求記号:289.1/1450
2.『論語と算盤』 渋沢栄一述 梶山彬編 草柳大蔵解説 大和出版 1985(創業者を読む;1) 資料番号:70437330 請求記号:289/S4
1.は、大正5年に東亞堂書房から出版された初版の復刻版である。
2.は、「創業者を読む」というシリーズの中で刊行されたものである。