「東京横濱往返蒸氣船ノ圖」 K72.1/12

 慶応4年(明治元年、1868)、江戸永代橋と横浜を結んで蒸気船による旅客輸送が開始されました。翌明治2年(1869)から京浜間の定期航路は盛況となり、当時の記録に残るだけでも新たに7隻の蒸気船が就航しています。この絵に描かれている船は、中央部の煙突の下に右から「弘明」の文字が見えますから、記録にある横浜の船主所有の弘明丸とみていいでしょう。背景左手の建物は東京築地の外国人居留地にあった築地ホテルと思われます。船は、横浜を目指して隅田川を河口に向けて下っているところです。なお、京浜航路は明治5年(1872)の鉄道開通後、次第に衰退しました。

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