かながわ資料ニュースレター第70号(2019年9月発行)

新着資料から

◆『名もなき花たちと 戦争混血孤児の家「エリザベス・サンダース・ホーム」』
 小手鞠るい著 原書房 2019年[K36.61/41]
 アジア・太平洋戦争が終わると、空襲などで親を失った戦争孤児が街にあふれました。同時に、日本を占領したアメリカ軍の兵士やスタッフと、日本人女性の間に生まれた子どもの多くが、親に捨てられて孤児となりました。彼らは混血孤児と呼ばれ、肌の色の違いなどから酷い差別を受けました。三菱財閥・岩崎家の娘であった澤田美喜は45歳の時、列車の中で遺棄された混血孤児の赤子の死体に出会ったことから、孤児たちの母親になる決意をしたといいます。そして、税金として納められた大磯にある父親の別荘を、寄付金を募って買戻し、そこに乳児院「エリザベス・サンダース・ホーム」を開設しました。澤田美喜は、以後、亡くなるまでの約33年間で2000人以上の孤児を引き取ります。そのうち混血孤児は560人に及びました。
 本書は、そうした孤児たちと澤田美喜の心温まる交流を、子どもから大人までどの世代にも伝わるよう、優しい文体で紹介しています。

◆『横浜浮世絵 斎藤文夫コレクション』
川崎・砂子の里資料館 2019年[K72.1/222]
 今年は横浜港開港160周年にあたります。神奈川県立歴史博物館では、それを記念して「特別展 横浜開港160年 横浜浮世絵」が開催され、元参議院議員で公益社団法人 川崎・砂子の里資料館館長を務める斉藤文夫のコレクションが展示されました。本書は、これらの横浜浮世絵を400点余り掲載しています。
 横浜浮世絵とは開港当時の、文明開化によって発展する横浜を主題として描かれた浮世絵を指しています。巻末の解説によると、横浜浮世絵が誕生するきっかけとなったのは、開港に合わせて万延元年(1860)に完成した港崎遊郭の宣伝に負うところが大きいとされ、遊郭を題材としたものが数多く見られます。その後、蒸気船や機関車、異国の人物像、見世物興行の動物、居留地の建築物、英仏の軍隊が調練している様子など、題材は広がっていきました。本書はそれらの色鮮やかな浮世絵をオールカラーで紹介しています。

新着の神奈川資料

新着資料の一部をご紹介します。

タイトル 著者名 出版者 出版年 請求記号
坂東三十三所観音巡礼 付・詳細地図 改訂新版坂東札所霊場会編朱鷺書房2019K18/77B
武渓集訳註月船禅慧著 横田南嶺共著 藤田琢司共著禅文化研究所2019K18.4/370
早川紀伊神社の奉納絵馬西山敏夫著夢工房2019K21.7/52
相模野台地の旧石器考古学諏訪間順著新泉社2019K22/73
室町遺文 関東編第2巻 自応永九年(一四〇二)至応永二二年(一四一五)石橋一展編 植田真平編 黒田基樹編 駒見敬祐編 杉山一弥編東京堂出版2019K24/533/2
戦国北条五代 星海社新書黒田基樹著星海社2019K24.7/160B
鎌倉遺文研究 第43号鎌倉遺文研究会編集鎌倉遺文研究会2019K27/75/43
女たちのアンダーグラウンド 戦後横浜の光と闇山崎洋子著亜紀書房2019K36.1/462
ぷかぷかな物語 障がいのある人と一緒に、今日もせっせと街を耕して高崎明著現代書館2019K36.18/44
躍動 横浜の若き表現者たち細見葉介著春風社2019K70.1/86
サザンオールスターズ公式データブック 1978-2019 リットーミュージック・ムックリットーミュージック2019K76.53/25
ホエールズ&ベイスターズ70年の航跡 B.B.MOOK 1453ベースボール・マガジン社2019K78/251/70
高校野球神奈川グラフ 2019 第101回全国高校野球選手権神奈川大会神奈川新聞社編神奈川新聞社2019K78/38/2019

うちのおたから自慢 『葉山御用邸御警衞記念写真帖』
矢野写真館編 1934年
[K31.34/1]

 本書は、葉山御用邸に勤めていた軍や警察の人たちの写真を掲載したアルバムです。また、巻頭には昭和天皇皇后両陛下と、明仁上皇の赤子の頃にあたる写真が掲載されています。さらに、「葉山警察署」や「秋谷立石」(現横須賀市秋谷の立石海岸)などの風景写真も含まれています。なお、『郷土誌葉山 第11号』P.6からP.7で紹介されている「葉山村書記を務めた綾部藤五郎氏旧蔵の大正5・6・7・9年の御警衛記念アルバム」によく似ています。
 葉山御用邸は、皇室の侍医だったドイツ人のエルウィン・フォン・ベルツの進言などにより、英昭皇太后の避寒先として、明治27年(1894)に造営されました。その後、病弱だった大正天皇が、療養目的で度々訪れました。大正8年(1919)には、澄宮嵩仁親王(三笠宮)のための付属邸が増設されました。大正15年(1926)8月に大正天皇が療養のために葉山御用邸を訪れた時は、本邸が関東大震災の被害で修復中だったため、付属邸に滞在しています。その後、大正天皇は病状が悪化し、そのまま12月に崩御されました。その場で皇位継承の儀式「剣璽渡御の儀」が行われ、皇太子裕仁親王が第124代天皇として即位します。昭和46年(1971)、放火によって本邸は焼失しますが、昭和56年(1981)に再建されました。その際、付属邸内の即位が行われた部屋は本邸に移築されました。付属邸跡地は「葉山しおさい公園」となり、正門脇に「大正天皇崩御・昭和天皇皇位継承之地」と刻まれた碑が立っています。

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【参考文献】
・『郷土誌葉山 第9号』葉山郷土史研究会編 2012年[請求記号:K20.34/1/9]
・『郷土誌葉山 第11号』葉山郷土史研究会編 2017年[請求記号:K20.34/1/11]
・『葉山町の歴史とくらし 町制施行90周年記念』葉山町編 2015年[請求記号:K21.34/17/90]
・『葉山手帖 〔2001〕 The town books』葉山町観光協会編 2001年[請求記号:K291.34/22/2001]

コラム・かながわ・フォーカス

[神奈川の祭り 昭和の記録写真から]

≪大磯の舟祭≫…中郡大磯町(高来神社)

 大磯町指定無形民俗文化財
◆写真撮影日:昭和39年(1964)7月18日 [請求記号:K50]

【解説】
 高来神社は高麗山の山麓にあります。古くは高麗権現・高麗寺とも呼ばれ、奈良時代以前に高句麗(朝鮮半島北部)の人々が、移住してきた地として知られています。船祭は隔年の7月18日に行われていましたが、現在は7月の第3日曜日に変わっています。当船祭の形式は海上渡御ではなく、陸上を船形の山車を曳いて渡御します。昔は神船に神輿を乗せて花水川を下り、海上へ出て照ヶ崎まで行ったといいますが、天災を受けて文化11年(1814)頃から陸上渡御に変わったとされます。船形山車は2台で、ともに明神丸と呼ばれます。船体には「お猿さん」と呼ばれる、赤い布で作った健康祈願の人形と、三角形の袋物が無数に掛けられます。
 早朝、山車を中心とした行列は神社を出発し、所定の場所で漁民の船唄と木遣をうたった後、照ヶ崎海岸で浜降りが行われます。その後、高麗寺の本尊千手観音を海底から引き上げたという漁夫蛸之丞(加藤家)が、帯刀・陣笠・上下姿で特殊神饌のアワビを奉納します。

写真1
【写真1】山車は、明治の神
  仏分離令以前には権現
  丸・観音丸と呼ばれた。

写真2
【写真2】船首にはそれぞれ竜頭・
  鳳首が付く。竜頭は江戸時代か
  らのものだが、鳳首は新しい。

写真3
【写真3】屋形には襖があり、その
  上に神紋を染めた3枚の水色
  神(水引幕)を垂れめぐらす。



写真4
【写真4】舷上にはそれぞ
  れ、太鼓に乗った鶏と白
  丁姿の猿が飾られる。

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【参考文献】
・『神奈川県文化財図鑑 第3巻 無形文化財・民俗資料篇』神奈川県教育庁社会教育部文化財保護課編 1973年[請求記号:K06/29/3]
・『神奈川県民俗芸能誌 増補改訂版』永田衡吉著 錦正社 1987年[請求記号:K38/15A]